ゲルの制作

ゲルの制作は手作りだが、その技術は職人技である。


ゲルの材科は骨組みにする木材以外、すべて家畜から得たものを利用している。しかしこうした材科も今では工場で生産してしまうので、本当の手作りゲルは、減少してきている。ゲルの外側をおおうフェルトはイスキィと呼ばれ、羊の毛で作られている。羊の毛は山羊や牛の毛と違って、細かくてフェルトになりやすい。
六月末〜七月上旬になると羊の毛は一斉に刈られる。羊の毛は七〜八月にかけて換毛するので、この時期に集中して毛を刈らなけれぱならない。ハサミで刈った毛はどんどん袋に詰め、井戸か川へ持って行き、固まった汗や泥を洗い落とす。イスキィ作りは毛を刈り終わった九月に行なわれる作業で、近所の人達が洗い終わった毛を持ち寄って作る。
イスキィを作るには、まず平らな地面の上に古いイスキィを敷き、新しい毛を三センチの厚さに乗せていく。イスキィは幅一・六メートル〜一・八メートル、長さ約五メートルもある大きなものだ。古いイスキィの上に新しい毛を乗せたら、乳製品のボスンスーなどをかけて棒に巻き、のり巻き状になったらその棒の端に紐をつけて馬を歩かせ、そのいてころがす。イスキィは重量があるため、ころがす時は馬の力を借りて能率よくころがして圧縮させる。十分ほど馬でころがしていると厚さ三センチあった新しい毛は厚さ○・六センチに圧縮され、丈夫なフェルトが出来上がる。そしてもう一回新しい毛を乗せて同じ作業をくり返すと約ニセンチのフェルトが出来上がる。一回でニセンチになってしまうこともあるが、だいたい二回で仕上がるようにする。そして地面に広げておけば自然に乾く。人によっては乳製品のタラグに毛を浸けてから作る人もいる。タラグには虫を寄せつけない作用があるのだ。イスキィは主にゲルに用いるが、古くなったイスキィはトホムという馬の鞍あてに使ったり、仔羊や弱った羊に着せるネムネッという防寒具に使ったりする。
イスキィにはツァガンイスキィ(白いフェルト)と呼ばれる特別なイスキィがあり、それには夏の 毛ではなく秋の毛で作る。夏に毛を刈ると秋にはもう四センチほど延びており、九月上句にこの毛を刈るのである。このときの毛は短くて密な毛になっているので、とても柔らかで上等なイスキィになる。ただし、秋に全身の毛を刈ってしまうと冬越しが難しいので、肩から前肢の毛だけを全部刈り、尻の部分の毛を約ニセンチの長さで残しておく。下半身の毛さえ残しておけば冬越しは可能だ。こうした毛のなかで最も高級なのは冬に生まれた仔羊の毛であるが、羊にとっては迷悪な話である。
ツァガンイスキィはガンガンモリィ(おしやれで乗る馬)の鞍あてや新生児を包む布として使うなど女牲がよく所持している。ハンの交叉部分の止め具には、前述の通りほとんどオデルというラクダの皮を使用する。ラクダの皮は本未軟らかいものだが、干し方によってものすごい硬さになる。金具を使うような摩耗する部分には、昔からこのオデルを使用していた。ハンの交叉部の上一段と下三段のすべての交叉部にはオデルで止めてあるが、中間の二段くらいは何も止めてない。すべての交叉部に止め具をつけていないのは、ハンの格子にあそびをつくらせるためである。ゲルの骨組みにはかつてヤナギを使っていたが、今では松が多くなった。シラカバもあるが、少し高価になる。モンゴルの北方に住む遊牧民たちは昔、ラクダを連ねて近くの森へ材科を集めに出かけていたそうだ。
今ではほとんど工場で作られているので、このような風景は見られなくなった。ゲルの材科は村の店に行けばいつでも購入することができ、一九八五年現在、田舎でゲルを購入する場合フェルトと骨組み一式で三○○○トゥグルク(当時約一○万円)以上であった。

 

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